文系DXスタジオ AMUのDXスタートアッププランは「業者に丸投げして、結局誰も使わなくなるシステム」を作るものではありません。 優秀なAI(Gemini)や使い慣れたWord、スマホで動くLINEを使い、 「自社で情報発信をコントロールする力」を身につけていただく伴走型インハウス支援モデルです。
『AI時代の地方生存戦略』連載第8回
第7回では、地方の伝統的メディアがプライドを捨ててプレスリリースを右から左へ転載する「無策の証明」について論じた。発信インフラが完全に民主化された現代、既得権益の崩壊はメディアだけに留まらない。メディアと二人三脚で地方の膨大な情報流通(フィジカル)を支えてきた存在――すなわち「地域の印刷会社」もまた、より深刻な構造不況の底に沈んでいる。
かつて、地方都市において巨大な印刷工場と輪転機を保有することは、圧倒的な富と権力の象徴だった。地域の情報流通の「蛇口」を握ることを意味していたからだ。
しかし今、その栄華の象徴だったはずの巨大設備が、自らの首を絞め続ける「呪い」へと変貌している。
本稿では、地方の有力な印刷会社(ここでは仮に「C社」とする)が直面している、巨大な固定費の恐怖と、長年染み付いた「下請け・受託体質」の限界を冷徹に解剖する。なぜ彼らはDX(デジタルトランスフォーメーション)を叫びながらも、ビジネスモデルを大転換することができないのか。その足枷の正体を明らかにする。
1. 大型家具店のチラシが象徴した「大量印刷時代」の終焉
かつて印刷会社C社が急成長を遂げた原動力は、高度経済成長からバブル期、そして平成初期にかけて地方都市を席巻した「大量生産・大量消費」の波だった。
その象徴が、かつて地方都市を拠点に広大な店舗網を展開していた大型家具専門店「T家具」などに代表される、地元の流通・小売業による大量の「折込チラシ」である。毎週のように何十万部、何百万部と印刷されるカラフルなチラシは、C社の輪転機を昼夜を問わず回し続け、莫大なキャッシュをもたらした。
当時のビジネスモデルは、極めてシンプルかつ強固だった。 「クライアントからデータ(または原稿)を預かり、自社の巨大な輪転機で紙に刷り、新聞販売店を通じて各家庭のポストへ流し込む」
この時代、印刷会社C社にとって「印刷インフラを自社で持っていること」自体が最大の参入障壁であり、競合を寄せ付けない強みの源泉だった。刷れば刷るほど儲かる。工場を増設し、より高速で、より大量に刷れる最新の輪転機を数億円、数十億円のローンを組んで導入することこそが、正義であり、正しい成長戦略だったのだ。
しかし、インターネットの普及、そしてスマートフォンの爆発的チートによって、この幸福な方程式は音を立てて崩壊した。T家具のような大型専門店は時代の荒波の中で縮小を余儀なくされ、生き残った小売店も「費用対効果が合わない」「新聞の購読率自体が下がっている」という冷厳な理由から、折込チラシの予算を劇的に削減、あるいは完全に廃止したのである。
2. 毎月数百万〜数千万円が消える「輪転機の呪い」
チラシの需要が蒸発したからといって、過去に投資してしまった巨大な設備のコストが消えてくれるわけではない。ここに、C社を苦しめる「輪転機の呪い」の真の恐怖がある。
数億円を投じて導入した輪転機や、それを収める広大な工場の「減価償却費」は、たとえ1枚も紙を刷っていなくても、毎月、毎年、冷酷に帳簿上の利益を削り取っていく。それだけではない。巨大な機械を維持するためには、以下のような莫大な「固定費」が絶え間なく発生し続ける。
専門オペレーターの人件費: 輪転機を動かすには熟練の技術が必要であり、工場を維持するためだけに、仕事が激減しても専門スタッフを解雇できずに抱え続けなければならない。
電気代・メンテナンス費用: 近年のエネルギー価格の高騰は、電力を大量消費する印刷工場の経営をダイレクトに直撃している。また、定期的な部品交換や法定点検の費用だけで、毎年数百万円規模の生身の現金が吹き飛ぶ。
【C社を縛る「輪転機の呪い」の構造】
数億円〜数十億円で最新の巨大輪転機を導入(過去の成功体験)
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デジタル化により、主力だった「折込チラシ」の需要が激減
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仕事がなくても「減価償却費」「電気代」「人件費」の固定費が毎月発生
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設備を遊ばせないため、利益の出ない「超低単価の下請け仕事」でも断れなくなる
自社工場を維持しなければならないC社の経営陣は、次第に「何のためにビジネスをしているのか」を見失っていく。本来の目的であるはずの「利益を出すこと」ではなく、「毎月発生する莫大な固定費を賄うために、何でもいいから輪転機を回して日銭(キャッシュ)を稼ぐこと」が至上命題になってしまうのだ。
結果として、ネット印刷大手のラクスルなどに価格競争で太刀打ちできるわけもないのに、1連(印刷の単位)あたり数円という、利益がほとんど出ないような超低単価の下請け仕事や受託印刷にまで手を出し、組織全体が疲弊していくという最悪の悪循環(ラットレース)に陥っている。
3. 「待ちの姿勢」から抜け出せない、受託体質の致命的限界
輪転機というフィジカルな足枷以上に根深いのが、C社の中に数十年にわたって染み付いてしまった「受託体質(下請け根性)」という精神の病理である。
伝統的な印刷会社の営業スタイルは、基本的に「待ち」である。クライアント企業や広告代理店が「今度、こういうイベントをやるからチラシを作りたい」「新しいパンフレットの印刷見積もりをちょうだい」と言ってきて初めて、彼らの仕事はスタートする。 彼らが競ってきたのは、「他社より1円でも安く刷るか」「他社より1日でも早く納品するか」という、製造業としてのスペック勝負だけであった。
この受託体質に慣れきった組織は、自ら新しい価値(市場)を創造する能力を完全に失ってしまう。
時代の変化を察知したC社の経営陣も、さすがに「これからはWebやDXの時代だ」と叫び、数年前に「デジタル事業部」や「クリエイティブ部門」を社内に立ち上げたケースは多い。しかし、その中身を開けてみれば、やっていることは単なる「印刷の延長線上の下請け」に過ぎない。
クライアントから頼まれたから、ついでにホームページ(Webサイト)も安価で制作する。
チラシのデザインデータを、そのまま右から左へPDFにして「電子ブック」として納品する。
彼らは、クライアント企業の売上をどうやって伸ばすか、どうやってAIを活用してビジネスモデルを変革するかという「上流の戦略(マーケティング)」を提案することができない。なぜなら、彼らの評価軸はどこまでいっても「自社の工場(輪転機)に、いくら売上を還流できたか」という内向きの力学でしか動いていないからだ。これでは、リテラシーの高い現代の経営者から選ばれるわけがない。
4. 「持たざる者」のスピードが、巨大設備を無効化する
C社のような伝統的印刷会社が、巨大な輪転機を維持するために必死に頭を下げ、利益の出ない下請け仕事を奪い合っている現状は、これから地方で新しいメディアビジネスや情報発信事業を立ち上げようとする異業種(中堅企業・専門店)にとって、これ以上ない「ブルーオーシャン」の到来を意味している。
私たちは、C社を苦しめる巨大な工場も、働かない年配の工場作業員も、数億円のローンも、一切背負わずにスタートできる。
もし、地方の専門店やローカルパブリッシャーが「年商5,000万円の新規事業」として情報発信ビジネスを展開するなら、C社の保有するインフラを完全に「無効化」する戦い方をすればいい。
印刷は「持たない」: 紙のニュースレターや小冊子(ビジネスDTP)を作る場合、自社で輪転機を持つ必要など1ミリもない。ラクスルなどのネット印刷を「アウトソーシングの道具」として徹底的に使い倒せば、C社が自社工場で刷る原価よりも圧倒的に安いコストで、1部単位から高品質な印刷物を手に入れることができる。
「上流の仕組み」を自社で握る: 汎用ツール(WordやGoogle Sites、GAS)とAIを駆使し、クライアント企業の中に「自社で情報発信し、ファンを獲得する内製化(インハウス)の仕組み」を構築するコンサルティングモデルを確立する。
C社が「紙の印刷代」という薄利多売の泥沼で溺れている間に、新しいプレイヤーは「企業の経営課題を解決する仕組みの提供」という、最も利益率の高い上流のポジション(プラットフォーマー)を丸ごと奪い取ることができる。
巨大な設備を持っている者が勝ち組だった「物理の時代」は完全に終わった。これからのAI時代、真に勝者となるのは、インフラを「所有」するリスクを避け、デジタルの民主化を味方につけて軽やかに、かつ高速で地域の情報流通をリデザインできる「持たざる組織」なのである。
(第9回「『word-dtp.pro』の衝撃。Microsoft Wordという汎用ツールが、高額なプロ用DTPソフトを駆逐する日」へ続く)